大雨も峠を超えました。

激しく振り続いた雨もようやく峠を越したのか、先ほどから雨音が聞こえなくなりました。雲の動きの画像を見ても午後11時には完全に雲が消えて雨の心配はなくなります。明日は久し振りの晴れ間がありそうです。しかし降ったものです。先日購入して庭においていた500㍑の池7面は溢れるほどの雨水で、深さ30センチですから相当な雨の量です。逆に庭は雨が溜まり、所々は足を取られるほどぬかるんでしまっています。ともかく晴れ間が欲しいです。水不足だった福山市のみずかめも満水となったようで取水制限は解除され、これから3ヶ月間雨が降らなくても大丈夫のようです。でもどうなのでしょうか今の教育は…昨日も今日も大雨警報が出たから小中高校は休校ですって、なんで?子供の頃は雨にビショ濡れになっても長靴に水が入っても喜んで遊びながら学校へ行ったものでしたが、ここまで子供を過保護にしていいのでしょうかね?特に今日などは昼間はあまり降らなかったのですがね。まあいいか私が腹を立てる問題でもなし、でも働く小さな子供を持っているお母さんは困ったでしょうね、こんなに休校があると。
明日は庭の掃除から始めて魚の移動や選別などやることが一杯あります。今年生まれの当歳魚はハウスの中ですが、2歳魚などは全て外の池ですので、この雨の間は波板をかぶせて様子すら見ていませんので、きっと腹も減らしていると思いますので、波板を取って早く日差しを浴びさせてエサをやりたいと思います。
昨日の20日は毎年手を合わせます。四十数年前私の乗った車が鹿児島県に入り、鹿児島市の手前14キロの国道でがけに激突する事故をしました。午前5時20分のことでしたが、その同じ日に私の祖母が同じ時間に息を引き取ったのです。私の事故と祖母の命日が一緒で、これだけは必ず毎年思い出しことです。不思議なことで、その頃は高速道路が無く、京都から国道を2日かけて走るのですが、その途中に癌で余命僅かな祖母を見舞い、分かれた後のことでした。多分あんたの身代わりになったのでは…とよく言われたものです。運転手の居眠りでしたが、左カーブを居眠りで曲らずに激突ですが、もし右カーブだったらそのまま海へ…昨日は運ばれた病院でのことや飛行機で大阪へ運ばれたことなど等をおもいだし、そっと祖母に手を合わせました。若かった思い出ですが、気が付けばすでに四十年前の想い出で、あ〜あといった感じです。
さあ、明日と明後日は晴れるとの予報、嬉しい気分で、朝かららんちゅうや小鳥のことを頑張りたいと思います。